祖母のどの辺に生命力を感じるかと言うと、「やっぱりお腹が空くと食べる」って所です

。祖母の意識とは別に体は”生きたい”と必死です。筋肉も衰え体も硬直して飲み込むのも大変なのですが、プリンとメロンは食べたがります。そんな祖母を見て、少し安心して帰ってきます。
去年の祖母は、毎日、死にたい死にたいと言って周囲を困らせていました。ビニール袋自殺(注1)や断食自殺(注2)などを試みては失敗に終わり泣いていました。こんなに体の自由が利かなくなっては自殺もできないと泣いていました。死ぬときはサッパリ行きたい、と誰しも思うのでしょうが、なかなかそう上手くいくものでは無いようです。そして、いざ、その瀬戸際に来てみると、やっぱり死ぬのは怖くて、生きていたいと思うもののようです。それは頭で考えるものではなく、無意識にそうなるものです。命というものは生きていたいと思うものなのです。
刻々とお別れの時間は迫ってきています。こういう時間は生きて残る者の覚悟を決めるためのものなのかもしれません。人が一人永遠にいなくなってしまうという事はものすごい事で、まだ覚悟できない私です。祖母の命を感じ、過ごしています。
注1 スーパーのビニール袋を、頭にかぶって窒息死を試みた。
なかなか成功しないので心配になったらしく、
「ビニールって空気を通さないよね?」と質問を受けた。
「最近のビニールは野菜の鮮度を保つために酸素は通すんだよ」
とウソを教えられた祖母は計画を中止した。
注2 食べ物を食べなきゃ死ねるだろうと、絶食を開始した祖母。
しかし喉は渇くし、ジュースやおやつはやっぱり止められない!
結局この計画は、かわいく中止されたようです。